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>長らく記事を書かないでいたら、ログインの仕方を忘れてしまっておりました。焦りました。
>それに。この、投稿画面のレイアウトが、いつのまにか違っています。あれれ?
はい。
hebocenおじ(い)さん、まだ、ボウリングをやめておりません。
なんとか週1ペースで、センターに通っております。
アベレージも、たいてい180台をキープ。
>うーん おかしいな。画面の勝手が違って・・・。
腰痛に関しては、不安は残るものの、大きく発症しておりません。
夏で体がすぐに温まるせいなのか、それとも、背筋強化ストレッチが効果をあげているせいか。
どちらかは、定かじゃありません。
本日は、ここまで。ではまた。
へえ。mikuちゃんブログで知りましたよ。
川添奨太プロが、アメリカ遠征するために、資金集めをされてるそうです。→ ここ
いま、流行りのクラウドファンディングかあ・・・。
どうぞ、協力してあげてください。(あたくし、まだですけれど。)
みょうなタイトルですが、背筋が、まだ硬いなあ、という話。
1投ごとに、いちいち、後ろで両腕を天に向かって伸ばし、筋肉をほぐさなければなりません。
それでも、まあ、昨日は・・・。
Ave.= 182
でしたから、良しとしましょう。
おや?
ちょうどいま、あたくしのスマホに、ジャパンボウリングプロモーションJBPから、メールが入ってきましたわ。
その中に、こんな浦野実紅ちゃん情報が、のっています。
デイリースポーツの、17日の記事の紹介みたい。( → ここ)
ボウリングって、日本じゃ、じゅうぶんにメジャーな競技です。
が、それは真のスポーツとしてでなく、ただの娯楽として。
そこで。
真のスポーツとして、世界中でメジャー競技に変身してもらうために、何が必要でしょうか?
・・・。
あたくしにゃ経験ございませんが、大きな大会に参加するってえと、<時間の長さ>がモンダイになるようですね。
朝から試合を始めて、長〜い待ち時間があって、深夜になっても、まだやってるという状況らしい。
それじゃ、選手は疲れるし、観客無視もいいところです。
メジャー・スポーツ失格でしょうね。
観客の立場から言うと、もうひとつ、<観覧席不足>の問題がありますね。
どこのセンターにも、観覧席と呼べるほどしっかりしたスペースなんてありません。
押し合いへしあいしながら、立ち見で見るしかありません。
かなり大きな大会でも、危なっかしい仮設の席しか、用意されません。
そういや、仮設の観覧席がくずれて、事故になったこともありました。
じゃあ、テレビ中継で見られるかというと、センター全体が見通せないので、それもむつかしい。
特定のボックスを、真後ろから映せるだけで、四方の席から見ることは不可能です。
どちらかと言えば、<テレビに不向き>な競技なんでしょうね。
以前、世界ボウリング連盟によるスコアリング改定の検討について、ちらっと愚見を書きましたが・・・。
スコアリング方式だけでなく、大会運営の在り方も、会場(センター)の構造も、ボール素材とレーンコンディションの相関も、よく考えていただきたいものです。
いつまでも、アメリカ圏だけのスポーツ、娯楽性(あるいは博奕性)の強すぎるスポーツじゃ、先が見えんでしょう。
・・・と。
腰痛で先の見えない、hebocen氏は、おもう。
え〜。
ただいま腰痛によるボウリンング休業中のため、「ノーベル賞」ネタで、一席おつきあい願います。
あ〜。
はい、そうですね。よそのブログで、やりゃいいんですが、ま、こちらがヒマを持て余しておりますので。はい。
じゃ、さっそく。
え〜。
あたくし、驚いちまいました!
ノーベルさんちの「文学」賞に、ボブ・ディランさんですって!
なによ、それ?ってなもんですワ。
ええ。もちろん、あたくし、もうイイおとしですから、ボブ・ディランさん、ほぼリアル・タイムで存じあげております。
米国の「フォークの神様」ですよね。
初期の名作が「風に吹かれて」でした。
昔のフォーク・シンガーですからね、反戦やら反体制、まさしく、メッセージ・ソングでした。
しかも、シンガー・ソング・ライターのハシリ(パシリじゃ、ありません)です。
ときあたかも、長髪ヒッピー全盛の頃。
あの頃、全世界の音楽シーンに与えた影響の大きさは、たしかに「ノーベル賞もの」でした。
あれが日本に渡ってきて、岡林信康さんが「日本版フォークの神様」と呼ばれました。
良かったですねえ、「山谷ブルース」なんか。
その後、フォークは、みんなロック色を強めて・・・・・・。
てな、歴史のお勉強でございます。
・・・するってえと、次の文学賞は、村上春樹さんじゃなくって、岡林信康さん?
・・・。
でも、ねえ。
ノーベル「音楽」賞(は、そもそもないけれど)じゃなくて、「文学」賞って、どうなのよ?
〈メッセージ性〉を言うなら、映像だって政治だって、文学賞の対象になっちゃうよ。
〈メッセージ性〉に〈文字〉を加えるなら、宗教書に、みーんな文学賞、あげなきゃ。
ノーベル文学賞の選考をなさっている文学者の皆さん、小説や詩に、もう自信を持てなくなっちゃったのかしらん?
と。
ボウリングが、どこにも登場しないお話にて、失礼しました〜。
あ。いつの間にか、岩手国体、終わりましたね。